希望を持つことはやがて失望することである。だから失望の苦しみを味わいたくない者ははじめから希望を持たないのがよいと言われる。しかしながら、失われる希望というものは希望でなく、かえって期待というごときものである。個々の内容の希望は失われることが多いであろう。しかも決して失われることのないものが本来の希望なのである。 【三木清、みき・きよし。京都学派を代表する哲学者。京都帝国大学で西田幾多郎に教えを受けたのちドイツに留学。ハイデルベルク大学でハインリヒ・リッケルト、マールブルク大学でハイデッガーの教えを受ける。帰国後は法政大学教授となる。】
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